「玉ノ海」展
新聞記者で相撲部屋取材をされているpecoさんから、大村で
「玉ノ海」展があっているとの情報を頂いたので行って来ました。
まさか、岐阜の方から大村の情報を教えて頂くとは思っても
いませんでした。
最近の大村出身の力士の化粧回しは展示してありましたが
pecoさんご期待の玉ノ海の化粧回しは展示してありませんでした。
係りの人の話では残っていないのだそうです。
展示品は主に写真で、日常、力士時代、NHKの解説時代、
大村に関するものでした。
他には、玉ノ海が着ていた和服や、達筆な方だったようで書、
掛け軸などがたくさん展示してありました。
私は玉ノ海は、大村出身であることは知っていましたが、
詳しい事は知りませんでした。
○ 右腕の怪力はすさまじく、大柄な芸者を右腕1本で持ち上げ
怪力玉の海の異名をとった。しかし、師匠の急逝により
部屋の経営に腐心せざるを得なくなったこと。
○ 厳しさの中に、ユーモアと温かみのある人情家で双葉山とは
無二の親友だった事。
○ プロレスの力道山も相撲出身で、力道山の四股名は玉ノ海が
つけたこと。
○ NHKの相撲の解説は独特の語りで、広く親しまれた。
玉ノ海の有名な語録より、私が納得した言葉![]()
☆ 力士は立ち上がるまで紳士でなくちゃいかん。
立ち上がったら動物的に野生味を満々とたたえながら
反則ぎりぎりで戦い、終わったら紳士に戻るんだ。
☆ 貴乃花(初代)の下半身にはもう一つの命がある。
戦後近代相撲において貴乃花は最大の功労者であある。
貴乃花の技には心が脈打っていた。
玉ノ海さんは、このような数々の名言を残されたそうです。
相撲に大きく貢献して来られた玉ノ海さんの姿を垣間見て
偉大な人だった事を再認識しました。
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コメント
(^^)こんちは!?玉の海と言うと、私は次の世代の玉の海が印象に在ります。身延山の熱心な信徒で何度も願掛けに参り横綱に成ったそうですが、在位中に急死したので、玉の海っていう四股名は不幸を背負っている様な気がしていましたが、初代玉の海は、りっぱ相撲取りだった様ですね!?ではでは
投稿: 拓隊長 | 2009年7月 4日 (土) 11時41分
拓隊長さん こんにちは
私は相撲のことは詳しくないのですが
解説をしている人が大村出身だとは聞いていました。
2代目が身延出身の方ですか。
以前のように日本人が活躍するようになるといいですね。
投稿: ミミ | 2009年7月 4日 (土) 14時56分
ミミさん、こんばんは。
お忙しいのに、有難うございました。
懐かしい玉ノ海さんの写真など、貴重な遺品の数々視させていただきました。
近いところだったら是非、見学に行きたかったのですが、何せ遠い地でしたのでミミさんにご迷惑と思いつつも、お願いした次第です。そうそう金開山(引退後部屋付けの親方で確か稲川親方だと思う)も、長崎出身でしたね。今日も相撲部屋廻りでしたが、日馬富士がいる伊勢ヶ濱部屋は来週、お邪魔する予定ですよ。それから、かっぱ家族のウェーブ拝見しました。BGMはひょっとしてミミさんのピアノ演奏ですか?
故郷♪うさぎ おーいし かーのやまぁ・・・
これからの写真アップに強力な助っ人が誕生しましたね(*^-^)
いい技を取得され、素晴らしいですよ
投稿: peco | 2009年7月 4日 (土) 20時42分
pecoさん おはようございます
お陰で知らなかった玉の海の業績をしることがでしました。
遺品は少ないようでご期待には添えませんでした。
写真は、若い頃からの物や色々ありました。
大村出身の金開山は親方として残り解説などをしているそうですが
出羽の富士は相撲界には残っていないそうです。
この人は実家が近くです。
投稿: ミミ | 2009年7月 5日 (日) 06時32分