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2015年8月23日 (日)

ヨハン 初めてのお出かけ

午前中にはエミコさんとマサキさん、ハルミさんご一家が

赤ちゃんを見に来て祝って下さいました。

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午後からはご両親も見えて、一緒に出かけることになりました。

ご両親は家の掃除やペンキ塗りもずっと手伝っておられて大忙しの毎日なのに、

今日は私のオランダ滞在の最後の日と言うので時間を作って下さいました。


出かけたのは娘の家から車で5分ほどのアムステルパークで
ヨハンにとっては初めてのお出かけで、ベビーカーに乗せてもらいました。
森とは少し違って、庭や花壇が整えられていて綺麗な公園でした。
ヨハンは気持ちがよかったのか、帰宅するまでずっと寝ていましたし
娘も、久しぶりの外出はかえって気晴らしになってよかったのではないかと思いました。
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こちらの、ベビーカー、自転車、家…これらはとても頑丈に出来ています。
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娘のお腹は臨月で15ヶ月腹、出産後の今はやっと8ヶ月腹の大きさ。
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一応、松の木、石、石灯篭など置いてあって日本庭園エリアだそうです。
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今日は、最後の日で私のリクエストでムール貝を夕食に頂きました。
オランダではよく捕れる貝で、2Kgで6€(800円)とても安いです。
香草野菜などを炒めてワイン蒸しにしました。
3人分十分な量で、お腹いっぱいになりました。
昨日はサバの燻製を頂きましたが、正さんやってみませんか?
美味しいですよ。
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ビート、トマト、チーズのサラダ
オランダの娘の家で毎日欠かさずに食べたのがチーズ、ヨーグルト。
よく食べたのはビート、カンゾウ豆、パプリカ、パスタ類。
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これから2週間は引越しなどで、まだまだ大変だと思いますが
 みんな、健康に気をつけて親子3人仲良くしていって欲しいと願っています。

3月には日本に3人で来る予定なので、首を長~~~くして待っています。
オランダからは最後ですが、帰国したらもう一度投稿します。

2015年8月22日 (土)

ザーンセ スカンスとコンセルトヘボウ

オランダ滞在も2日を残すだけになり、2日間の予定はぎっしりです。
今日は娘家族は2週間目の検診に行きました。
もうすぐ、ロデニが来て私をどこかへ連れて行ってくれるそうです。
彼は、3年前に我が家に5日ほどホームステイしたことのある青年で
私もよく知っていて日本語も少しできるから安心です。
さて、どこに連れて行ってくれるのでしょうか…。



昨夜はトミーとお婿さんが遊んでいる時に、トミーがてんかんを起こして
びっくりしました。
初めてのことで、みんな何が起こったのか一瞬パニックになりました。
娘がネットで調べたら、パグには多い病気らしいです。
その後は正常に戻りましたが、少し心配です。



ついでに娘の熱の原因を調べていたら、産後熱と言って
お産の際の何かの感染のによるもので昔はそれで亡くなった人も多いそうです。
娘のお産は難産で産後の後遺症も酷かったので、それじゃなかったのかしらと
話しています。(午前10時半 記)



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12時にロデニが迎えに来てくれて、
ザ-ンセ スカンスと言う風車のある田舎町に連れて行ってくれました。
娘は「夕方には帰ってこなくてはいけないし近いからちょうどいいんじゃないの?」と
言ったのに、メトロや電車を沢山(多分5回)乗り換えても
なかなか着かないし、それどころか何か変なのです。
私が「アムステルダムに戻っている気がする」と言うと
ロデニは「何かは分らないけれど、何かの事情で電車が行かなかったから
アムステルダムに戻ってきた。これからザ-ンセに行く」と言いました。
それからはアムステルダムを2時20分に出発して目的地までは25分しか
掛からなかったので、やはり娘の言うとおり家から正常だと1時間でした。


ザーンセに着いたのは3時だったので余りゆっくりはできませんでしたが
オランダらしい風車のある素敵な街を散歩してきました。

帰りはアムステルダム駅まで電車で、アムステルダム駅でロデニと分かれて
家まではバスで一人で帰りました。
アムステルダムの街は帆船祭の最中で、観光客が沢山いて音楽隊などの
演奏も行われていました。
ゴッホ美術館の前には、すごい行列ができていました。


ロデニはアメリカ人で両親の都合で10歳の時にアムステルダムに引っ越してきたけれど
本当は電車にもバスにも余り乗ったことはなく分らなかったのではないかと思いました。
でも、旅にはハプニングはつき物、一生懸命案内してくれたのだと思います。
電車の中ではたっぷり時間があったのでロデニとは沢山話ができました。
日本が大好きなロデニはできれば日本で仕事をしたいけれど、それは難しいので
来年大学を卒業したらアメリカに帰りたいと話していました。
アムステルダムからは余り出たことがなくオランダのことは良く知らない。
日本が好きで日本語を独学で学び日本には何回も遊びに来ているので
日本の方が良く知っているとも言っていました。
それから政治の話もして、これから安部総理は日本をどうしようとしているのかなど
質問されました。
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ハネ橋 橋の中央が船を通すために開きます。
前に来たときには、キンデルダイクの世界遺産の水車を見に行きましたが
ここは規模も小さく、一回りするのにも時間は掛かりませんでした。

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夜の8時からはアユミさんとコンサートに行く約束をしていました。
アユミさんは娘の音楽仲間でインターナショナルの音楽の先生をしています。
コンサートは娘と一緒に行くつもりで予約をしてくれていたのですが、
娘の代わりにアユミさんに私を連れて行ってくれるように頼んでくれていました。


コンセルトヘボウまで私はバスで行き、そこで待ち合わせをしたのですが
開演時間になったも来られないので、私はどうしようか…と思いましたが
少し遅れて見えました。
コンサートはモーツアルトのコンチェルトとドボルザークの曲でしたが
オーケストラもホールも超一流だけあって、なんとも言えないような
豊かな響きに包まれました。
満席でしたが、有名なオーケストラなので観光客も多いのではないかと思います。
帰りはバスで帰りましたが家に着いたのは10時40分でした。

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アムステルダムは本当に日本人が多いです。
ザーンセではお土産を買ってお金を出すと「28€です。割れ物を
包みますのでしばらくお待ち下さい」と日本語だったので、
見ると日本人が2人レジをしていました。
コンサートからの帰りには「ここが空いていますよ」と日本人から
あいている席を勧められました。
ハプニングもありましたが、沢山の人の協力で良い経験をさせていただいて
楽しませていただき有難うございました

2015年8月21日 (金)

買い物

家の近くには食料品と日用雑貨のスーパーしかなく

まだお土産の買い物ができていない私に、娘が「2Kmくらい先にまで行くと
色々なお店がある」と言ったので一人で買物に行きました。
でも、観光地ではないのでオランダっぽいお土産品はその店には無くて
結局、またお菓子中心で買ってきました。
日本では健康のためにも甘さ控えめが多くなってきていますが
オランダのお菓子は何でも甘い、甘過ぎ…だから高齢になると太るはずです。


帰ってから「○○もあったでしょう…?」と娘が言いましたが、
私が入ったのは手前のお店だけだったようで、もっと奥の方にも
雑貨屋さんやキッチン用品などを売ってあるお店があったらしいです。


野菜や果物は日本にも買って帰りたいような珍しい美味しい物が
沢山ありますが生物は持って帰ることができません。
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今日は、娘は出産後はじめて すぐ下の近所のスーパーに買い物に
行き、少しずつ行動範囲を広げています。


義兄弟
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赤ちゃんは見る時によって顔が変わって見えます。
上は日本人、下はオランダ人に見えませんか?
「パパに似てきた」と言っていたら嬉しそうにしていたお婿さんでしたが、
ハーフハーフには間違いないですね。
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2015年8月20日 (木)

帆船祭

今日は、オランダに来て初めてのお出かけをしました。

帆船祭が今日から始まるので(19日から23日)一緒に見に行きましょうと
エミコさんが誘って下さったので、娘も体調がいいので連れて行って
いただくことにしました。
娘にバスの乗り方を書いてもらって、最寄のバス停から
アムステルダム中央駅に行き、エミコさんと待ち合わせをしました。
バスの中では、、子供のように変わり行く外の景色をワクワクドキドキしながら
眺めていました。
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バス停
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車窓から
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アムステルダム中央駅

エミコさんの情報では帆船は10時にアムステルダム港にやって来るとの
ことでしたが、それは間違いで10時にオランダの南の方の港を(名前は忘れました)
出発すると言うのが正しく、アムステルダム港にやってきたのは午後2時半でした。
エミコさんのお友達も日本から2人見えていて、4人で会場に行きましたが
おしゃべりをしたり、会場の屋台で食べ物を買って食べたりして
時間を潰しましたが、早く来て場所取りをしたのでいい場所で見れました。
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JCE(日本文化交流)のエミコさん
ボタンさんとヒロキチさん
2人ともアーティストでアムステルダムに陶磁器の金継ぎのショップを出す
準備で見えているようでした。
ボタンさん(男性)は画家で絵本も書いているとのことです。
3人とも日本人ですし私も言葉の壁はないし、すぐに親しくなりました。
ボタンさんの趣味などの話も興味が合って面白かったし、
ヒロキチさんはわざと日本語の大きな声で、オランダの不思議な行為など
を指摘して笑わせるので「オランダ人にはけっこう日本語が
できる人が多いから…」と言うと、まずいと言う顔をしていました。
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2階建てバスおらんだじん
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2階建て列車(駅のホームで)

私は帆船祭に1~2時間いたら帰るつもりでいたので、入港時間が4時間も
ずれてしまって家が気になりましたが、娘からは「ヨハンもずっと寝ているし、
心配しないでゆっくりしてきて」と連絡があったので、
帆船入港の様子を2時半から4時まで見てから帰りました。



帆船祭の5日間は大きい帆船が50隻、大小あわせて800隻の船が
アムステルダム湾を埋め尽くし、200万人が訪れるそうです。
最初に入港したのはアムステルダムの帆船と海軍の船でした。
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帆船にもボートにも沢山の人が乗っていて、歌を歌ったり歓声を上げたり
していました。個人のボートや海上スクーターなども参加していて
海上は混雑しているのに、向こう岸との渡し船(と言っても大きい船)が
その中を横切って普通に運行していました。
観光船も多くでていたようで、仮設の観覧車も設置されていました。
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海岸には屋台が出ていて、お祭ムードで盛り上がっていました。
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屋台の綿菓子屋さん、オランダらしい着色が派手で巨大な綿菓子。
誰か買う人がいるのかしらと思ったら けっこう売れていて
日本では子供のお菓子なのに大人がよく食べていました。
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会場にもボートのポリス、陸上には馬のポリス、自転車の救援隊など
オランダらしい光景が見られました。
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オルゴール仕掛けのオルガン
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面白いマークの仮設トイレ(有料です)


エミコさん、ボタンさんヒロキチさん、大変お世話になりました。
今日1日、とても楽しくいい経験ができました。
家に着いたのは5時半で、トミーが散歩を待ちきれない様子で
私を待っていたので、家の中へは入らずそのまま散歩に行きました。






2015年8月19日 (水)

オランダの事 いろいろ

娘の家に来て、初めて食べたのがくすくすです。

原料は小麦粉で粉のパスタと言ったところ。
ビート、トマト、パプリカなどの野菜、ルコラ(香草野菜)等と和えて
トッピングにはマグロのステーキをのせてわさびマヨネーズをかけて
頂きました。
「自分だけ楽しんで…」と言われそうですが、私はオランダに夫と一緒に
来なくてよかったと思っています。
夫が一番に困るのは、食べ物でしょう。
ご飯とラーメンがなくては生きていけないような人だから、夫はもちろん
娘も手に入りにくい食材もあるので毎日何を出そうか困るはずです。
私も同じですが、テレビをつけてもさっぱり分らないし、字も読めないし、
言葉が通じなければ一人で遠出も出来ません。
私は、ヨハンが生まれるまでの前半は散歩も楽しかったですし、
普段は見ないDVD の映画三昧でしたが、それでも退屈なときは
こんなことなら刺繍道具を持って来ればよかったと思いました。


オランダに来て快適なことは、暑くない夏、蚊のいない夏を過ごせたことで、
帰ったらまだ暑いだろうなぁ、また蚊に悩まさせるのかなぁと思います。
オランダではどの家にも網戸はありません。
こんなに森に囲まれているのに夜でも虫は寄って来ません。


オランダの教育は、いわゆるゆとり教育で少人数制です。
これまた、どっちがいいとは一概には言えませんが
娘は日本のように詰め込み主義には反対でオランダの教育が
気に入っているようです。
この近くに学校もあるのですが、これからヨハンがどんな道を歩んでいくのかしらと
思いながら散歩の時に通ります。



義務教育は16歳まで、その後は大学進学コースの高校と
専門職を勉強する高校とに分かれて進学します。
職業高校から大学受験は出来ないので途中で進路変更する場合は
高校を受けなおさないといけないそうです。
大学の入学は日本のような受験地獄はなく簡単に入れるそうですが
入ってからの進級と卒業はとても難しく卒業できない人が多いと聞きました。
単位が全部取れた時点で卒業となり、一斉に行う卒業式はありません。
日本のように集団での就職活動もなく、卒業したら個人で職探しをします。
学費は日本よりも大分安いので、大学に行きたい人はアルバイトをしながら
自力で大学へ行けます。
大学ではA大学で音楽、B大学で経済学とか掛け持ちで受講できて
同時進行で2つのディプロマを取得できたりと選択が自由に出来るのもいいです。


順番が逆になってしまいましたが、オランダの子育て事情では
オランダの託児所はとても高いそうです。
仕事は休暇も取りやすく、仕事量も調整が出来るのでので
子供が小さい時には仕事を減らして両親で子育てをするのが普通のようです。
娘は1日託児所に預けて、1日はお婿さんが休みの時に仕事をすると言っています。
2歳半になると保育園に通わせることが出来て、保育園は安いそうです。
両親の希望で、日数や時間は決ることが出来て、時間払いのようです。
こちらの環境を、まるで公園の中に住んでいるようだと、前に書きましたが
住宅地には幼児や児童が遊べる公園もあちこちにあります。



近所にある児童公園(ここは大きい子用)
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近所の保育園(保育園も小学校も日本に比べると規模が小さい)
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近所の小学校
この写真は数日前に撮りましたが、今日通った時には学校が始まっていて
沢山の子供たちが遊んでいました。
高学年は自転車で通うのか自転車がいっぱい並んでいました。
小雨が降っていたのに、みんなレインコートを着て外で遊んでいたことには
少し驚きました。(雨には子供の頃から慣れているのでしょう)…
先生が見守る中で高学年も低学年も一緒に遊んでいた様に見えました。
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教会と小学校の間にあるSCHOOLと書かれた赤い建物は学校だと思ったら
イスラム教徒の集会場とか。
この国ではキリスト教もイスラム教も上手く共存しているのでしょう。
日本にあるバービー人形のようなお人形さんはオランダでは
いろんな人種の人形が売られているそうです。
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近所の高校(高校は大きい、水辺の素敵な校舎)
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娘は高校を卒業すると一人暮らしを始めたので、家を離れて20年経ちます。
オランダに来て15年以上になるので、すっかりオランダの暮らしが
当たり前になっています。
一人娘なので、日本に帰ってきて欲しいと思った時もありましたが
今は、日本に帰ってきても日本の生活になじむのは難しいかもしれない、
このままオランダで暮らした方が幸せだろう、
好い人に巡り合って良かったと思うようになりました。
泣き虫で内向的だった子供の頃とは考えられないほど強くなりましたが、
これからは母となって益々強くオランダ化していくのだろうと思います。
娘の友達もオランダ人と結婚している人が多く、日本人女性はオランダ人男性に
人気があるのだそうです。
レディーファーストの国で男性は控えめな日本人女性を好んで
女性は日本人男性よりも優しい男性を好むのだろうと思います。

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日本では鉢でしか売られていないカランコエですが、
オランダでは外で大株になって咲いていました。


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初めての家族写真、ヨハンは泣き叫んでいます。

2015年8月18日 (火)

順調です

私のここでの仕事は掃除、洗濯、夕食作り、トミーの散歩ですが

大した仕事ではなく、ゆったりと過ごしています。
お蔭様でヨハンの酷い夜泣きも止み、昼間もずっと寝ていて
健やかに育っているように見えます。
娘も日増しに調子が良くなって、ヨハンの世話は全部自分で
できる様になり家事も少しずつやっています。
ヨハンや娘の世話から解放されて、お婿さんもやっと寝不足から
解消されたことでしょう。
今日は、私も家に居ますが、明日から半日は日替わりで娘の友達が
赤ちゃん見がてらにやって来て、私をどこかへ連れて行くことに
なっているそうです。
今は雨が降っていますが、明日からはずっと晴れるようなので楽しみです。


お婿さんは、今日も会社を休んでペンキ塗りに行きましたが、
今日、明日くらいには完成するのかと思います。
移転先の家に行く度にダンボールにいらないものを詰め込んで運んで
いるので家の中の物も少しずつ減ってきています。


私も、この家の中の物がどこに何がああるか、家電などの道具は
どのように使えばいいのか、聞かなくても分るようになったと思ったら
もうすぐお別れです。



10日目のヨハン
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今日はずっと雨が降っています。

雨の日でも殆どの人は自転車通勤で,バッチリ雨対策をして
自転車に乗っています。
車は持っていてもレジャーや買い物用で、保健婦さんも
40分掛かるのに雨の中を自転車でやってきました。


今日は、娘とヨハンの3人で家にいます。
やはりお母さんは分るのか、ヨハンはすやすや眠っていますし
私もリラックスしています。


オランダの、ちょと変わったおもちゃを紹介します。
ベビー用  赤ちゃんが触ったりしゃぶったりしてもいい優しい手触り
目や口がないのがちょっと変な感じがしました。
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犬用  見た目はベビー用と余り変わりなく見えますがこちらは人形ではなく動物
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両親は移転先のペンキ塗りで、お婿さんも会社から帰って行きました。
前の住人が壁紙を張っていたので剥がすのに手間が掛かっているようです。
娘は前から節約家だったので、お婿さんに不自由させているかもしれないと思ったら
お婿さんはもっと節約家のです。
オランダの生活には”お金が掛からない”と書きましたが、”掛けていない”と
言う方が正確なようです。
オランダの家は殆ど中古なので、壁や床は自分たちの好みに張り替えたり
しますが、節約にもなりますが、むしろ楽しんでいる感じがします。
前に住んでいた貸家も壁塗りは家族でしたと言っていましたが
驚くほど上手で素人がしたとは思えませんでした。
誰もがそうだから、親戚や知人の手伝いをするうちに上手になっていくのでしょう。
節約したお金はレジャーや家に使うのかしらと思います。
家は何十年も経った家が日本の新築並みの値段です。
娘たちも、年に1度 2週間くらいは日本に帰ってきて、ファミリーで数日間、
夫婦で数日間旅行するのは娘たちの年間行事になっています。


2015年8月17日 (月)

退院しました

先ほど晴れ晴れとした顔で元気になって退院してきました。

そして、「私の選択は間違っていなかったと思う」と言っていました。
病院では、赤ちゃんを家に連れ帰ったことで「母と赤ちゃんは常に一緒に
居ないとダメなのよ」と散々嫌味を言われたけれど
娘は「ここで私が倒れてしまったらずっと子供も育てられないし、夫にも
迷惑を掛けるから、数日間離れ離れになってもきちんと治しておきたい」と
思い意地を通したそうです。
熱もすっかり下がって、産後の傷もずいぶん良くなって歩けるようになったし
座ることも出来るようになっていました。
病院で3時間おきに搾乳もしていたので、前よりもお乳も出るようになったそうです。


私が一番心配したのは、以前 原因不明の高熱が続き膠原病になったことがあって、
それは過度のストレスや睡眠不足等が原因でなる免疫の病気なので
再発しなければいいけれどと心配していました。


オランダ人は体が大きく日本人より強いのでお産も楽なようです。
産後すぐに退院して翌日には散歩をする人もいるとか聞きましたが
オランダの常識は日本人には通用しないこともあります。


娘が入院している時に、友達に連絡を取って、「お母さんを
水曜日はあゆみさん(音楽家)にコンセルトヘボウに、
木曜日はえみこさんにセイル(帆船祭)に連れて行ってもらうようにお願いしたから。
土曜日は両親も一緒にどこか行くように決めているから」と言っています。
私は「そんなことはどうでもいいから、あなた一人になって大丈夫なの?」と
言っていますが、「もう大丈夫、1日中じゃないし一人でする事にも慣れないと
いけないしね」と言うので、それもそのとおりで、娘の体調にによっては
そうさせていただこうと思っています。

2015年8月16日 (日)

複雑な思い

お祝いのメッセージやご心配のお言葉、ありがとうございます。

オランダに滞在も、あと1週間となって

正直、早く日本へ帰って普段の生活に戻りたいと思う気持ちと

もう少しでヨハンとも会えなくなると寂しいなぁと思う気持ちがあります。

娘が体調が良くなって、ヨハンのお世話も出来るようになったら
娘にもヨハンをいっぱい抱いてあげて欲しいと、
私はヨハンを抱っこしていて思いました。

こちらでは優しい旦那様とお義父様お義母様も居られるので
私が居なくてもきっと大丈夫です。
こちらでは体全体でお話や愛情表現をするので、
知らない人は「ハロー」初めて会う人や普通の挨拶は握手、
親しくなってくるとハグ、キスが当たり前で
ちょっと親しくなった保健婦さんさえ別れるときには
私をしっかりはハグしてキスをしてくれました。
お母様お父様も娘に会いに来てくださるときは、会うときも別れるときも
しっかり抱きしめて何度も何度もキスをしてくれます。


これまでも何かあると、ご両親もトミーを預かってくださったり
お手伝いがある時にはキャンピングカーでこちらに出向いて
森で寝泊りをしてお手伝いをなさっていたようです。
日本のような住宅ではないのでベッド数しか泊まれないし
私のように手伝いと言っても、宿泊となるとそれと同じくらい面倒を
掛けることも多いですが、キャンピングカーで来ると
自分たちの生活は迷惑かけることなく出来るのでいいアイディアだと思います。
オランダの人は、よくアウトドアを楽しむのでキャンピングカーを持っている
人も多いようです。
私が居るとご両親もここに来てヨハンやトミーのお世話をすることも
遠慮されると思いますが、お婿さんにとってはご両親の方が
何でもお願いしやすいかもしれませんね。

…という事で、特別なことがなければ予定通り帰国することにします。

ヨハンとお留守番

検査の結果は特別に悪いところはないようですが

まだ熱があるので、熱が下がるまでは入院することになりました。
抗生物質や栄養剤の点滴かと思います。


お婿さんとヨハンは帰ってきました。
病院では一緒に居る様に言われたようですが、強制的に3時間ごとに
母乳を飲ませなくてはいけないし(実際ほとんど出てないのです)
娘は痛くて眠れなかったりヨハンの夜泣きで眠れなかったりで
かなり疲れているので、少し休ませた方がいいとお婿さんの判断で
「僕がヨハンの面倒はちゃんと見ますから」とつれて帰って来たそうです。


今日は移転先の家の壁塗りにお婿さんの両親や兄弟が行っています。
お婿さんも病院に寄ってから、そちらに向かうとの事で
今日は私はヨハンとお留守番です。


散歩中に出産の飾り付け(コウノトリ)をしているお宅があったのでパチッcamera
このお宅では女の子が生まれたようです。
玄関ドアにはピンクのハートの飾りがしてありました。

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オランダでは出産すると知り合いからは可愛いお祝いメッセージカードが
送られてきて、それは楽しみにしているようです。
その後、母子の体調が良くなった時にお祝いメッセージ
「どうぞ見に来て下さい」とお返事を送るようです。
娘のところでも、お友達や姪っ子さんなど楽しみにしているようなのですが
まだ、体調がすぐれないので皆さん遠慮して下さっていています。